韓国の文化支援策など(超長文)

2020年5月01日

 先日、韓国から、9月に『隣にいても一人』を上演したいのだがというメールが来て少し驚いたのですが、今日は、この6月末に『東京ノート』をやりたいというメールが来て、さらに驚きました。どちらも大学、大学院での試演会的なものだと思いますが。
 まぁ、韓国では、これくらい直前に上演演目が決まることも多いのですが、今回は、新型コロナウィルス問題で、先々の予定が立たなかったところが、一応目途が立ってきたということなのだと思います。
 だいたい、5月10日前後から大学も劇場も再開と聞いており、うらやましい限りです。
 日本も早く、収束の目途が立つといいのですが、なかなか数値的にも雰囲気的にも難しいのだろうなと感じます。
以下、書かなくてはならないと思っていたレポートです。
 いずれ、どこかの媒体に発表したいと考えているので、少し硬い文章表現を含みますが、興味のある方はご一読ください。

・この間、私は韓国の演劇関係者と連絡ととりつつ、韓国での、文化政策としての新型コロナウイル対策について情報を収集してきた。主には、今後のアートマネジメントの授業の題材にできるのではないかという個人的な関心からだ。
そのため、以下の文章は、まだ学術的な検証を受けているわけではなく、リソースは複数だが大規模なものでもない。記述には多少の誤謬が含まれる可能性がある。

・以下の文章は、日本国内で緊急事態宣言が出た今となっては、書いても詮ない部分がある。したがって、とりあえずいまの時点では、長文でもあることから、演劇やアートマネジメントに興味のある方のみに読んでもらえればいいと思っている。

・では、なぜ、今この文章を書くかという点については文末に記す。

 驚かれる方も多いかと思うが、隣国韓国では、このウイルス禍の最中も、劇場はオープンしており演劇公演は常に継続されてきた。
 よく知られるように、韓国では、二月末に、第三の都市大邱(人口二百五十万人)で、新興宗教の大規模集会がクラスター化したことから一挙に感染が拡大し、一時は危機的状況に陥った。しかし、MERSなどの経験から感染予防の準備が行われており、

・希望者がほぼすべてPCR検査が受けられる
・準戦時下にあり、徴兵制度などを有することから個人情報の把握がしやすい。

といった背景もあいまって、賛否はあるものの、感染者情報をネットを通じて全面公開していくことで感染の拡大を防ぎ、ほぼ鎮圧に成功しつつあるのは、日本でも報道されている通りだ。

 感染拡大が最も激しかった二月下旬から、K-POPなどの大規模イベントは自粛されたのだが、しかし、演劇については感染対策がとられたうえで上演が続けられていた。
それどころか、韓国の文化省にあたる文化観光体育部は、初めての感染者が発見されたすぐあとから、民間の小規模劇場に消毒剤などの物品支援を行っている。すなわち、感染対策の基準を守れば上演は継続してかまわないし、そのための支援は政府の責任で行うという方針だ。
 主な支援の内容は、以下の通り。

予算規模  約 2,200 万円2020 年 2 月~
支援対象  300 席未満の民間公演場 (約 430 館)
これは韓国の「公演法」第 9 条に基づいて公演場の所在管轄の道・市・郡・区等に登録されている公演場で、登録上において客席数が300 席未満であり、運営形態が民間として分類されている公演場が対象となる。
支援内容  手指消毒剤、劇場施設の消毒剤、消毒スプレー、消毒案内文、消毒液ノズル(消毒液を含む)

実際にこれらの支援は、要請の有無にかかわらず、すべての劇場に一週間以内に届けられている。

 さらに、以下のような支援措置が執られている(未定のもの、不確定なものもあり、一部を抜粋しているので、このままの引用は気をつけてください)。
 なお、選定にあたっては韓国のアーツカウンシルにあたる「韓国文化芸術委員会」が行っている。これは、政府からは一応独立した機関になっている。

・オンラインを活用した文化芸術教育の企画案の中で、200 件を選定し、約 8 万 8 千円を支給

・上記の 200 件の中から、さらに優秀な企画案10件を選び、文化芸術教育振興院の専門家と相談(コンサルディング)の上、教育内容と方式を具体化する。シナリオ作業と映像制作等を支援し、オンラインコンテンツとして制作。
 1 件当たり約 88 万 8 千円を支給。

・以下は、現在進行形で仮決定のものを含む。

・公演芸術団体の会場費支援
【予算】約 2 億円

・民間小劇場の公演企画と制作費の支援
 公演の中止・延期にも関わらず固定費用の支出で苦しんでいるいる小劇場に対して、 公演の企画・制作費等を支援する。
 1 館当たり最大 600 万円、合計 200 館を予定。

・芸術家・芸術団体に公演制作費を支援
 公演制作が委縮されないように芸術家・芸術団体に公演制作費を支援する。
 規模等によって約 176 万円~1,760 万円(定額支援ではない)
 約 160 団体を対象とする。

・公演観客へのチケット代支援
 収束の兆しが見えてきたら、公演芸術業界が早く回復できるようにチケット代を支援する。
 プレイガイド別、観客 1 人当たり、約 700 円相当のチケット割引券を提供。300 万人

以下は、ソウル市の支援

・ソウル文化財団は文化芸術界に 4 億円を緊急支援する。

・これまでに支援・助成が決定しているものには、前倒しの支払いなどの優遇措置。

・芸術家緊急生活安定資金融資(既存事業の拡大)
公演中止・延期により経済的に苦しんでいる芸術家への緊急支援
予算 約 3 億円、最高 88 万円以内

・創作準備金の支援(既存事業と連携)
 芸術家が経済的理由で創作活動を中断することがないように、芸術活動の所得が低い芸術家を支援
 創作準備金の支援事業は総 12,000 名を選定、1 人約 30 万円

・他に、今回の騒乱の中で、芸術家が権利を抑圧されたり、ハラスメントを受けたりしないための様々な施策などが実施されている。

 参考までに、韓国には以下の法律がある。

「芸術家福祉法」
第 3 条(芸術家の地位と権利)
1.芸術家を文化国家の実現と国民の暮らしの質の向上に重要な貢献をする存在として、正当に尊重されなければならない。
2.全ての芸術家は人間の尊厳性及び身体的・精神的な安らぎが保障された環境で芸術活動をする権利を持つ。
3.全ての芸術家は自由に芸術活動に従事する権利があり、芸術活動の成果を通じて正当な精神的・物質的な恵沢を受ける権利がある。
4.全ての芸術家は有形・無形の利益提供や不利益の脅威により不公正な契約を強要されない権利を持つ。

第4条(国家及び地方自治団体の責務等)
1.国家と地方自治団体は芸術家の地位と権利を保護し、芸術家の福祉促進に関する施策を用意するとともに施行しなければならない。

2.国家と地方自治団体は芸術家が地域 、性別、年齢、人種、障害、所得等によって差別を受けずに芸術活動に従事できるよう、施策を用意しなければならない。
3.国家と地方自治団体はセクハラ・性暴力から芸術家を保護するための施策を用意しなければならない。
4.国家または地方自治団体は予算の範囲で芸術家の福祉を促進する事業と活動に必要な支援ができる。

 おおよそまとめると、韓国の支援策は、

・上演を継続するための支援
・上演が継続できない場合の配信などに対する支援
・劇場側と、それを借りる公演団体側双方への支援
・団体と個人の双方への支援
・相談窓口の設置など実効性の担保

 といったように、多方面からの支援が実施、あるいは計画されていることがわかる。

 では、実際の韓国演劇界の状況はどうだったかというと、とりあえず、小劇場界では多くの劇団が、感染予防対策をした上での上演継続を選択した。一方、国公立の劇場などは、公演中止を選んだ演目が多かった。

 3月26日になって、ソウル市が韓国小劇場協会に以下のような内容の公文書を発行した。

(1)会場は必ず消毒する。
(2)観客は必ずマスクを着用する。
(3)入場前に病症を確認する。
(4)観客の連絡先を作成する。
(5)舞台と客席、客席と客席との距離は2mにする。

・上のルールを守らなかったら最大罰金300万ウォン
・もし感染者が発生した場合には求償権を請求する。

最後の二項目に対しては批判もあり、またこの条項が出されたことによって、公演中止を決めた団体も多かったと聞く。上演を継続している団体は、定員の半分以下で、客席を1~2席空けての公演となっている。
いずれにしても、公演の実施、延期、中止のいずれを選んでも、上記のような補償がある。この点が、日本と大きく異なり、各劇団はその責任の範囲で上演の可否を選択できた。

いわゆる大劇場、ミュージカルなども上演が続いていた。しかし、4月1日にミュージカル「オペラ座の怪人」チームから感染者が出て(海外から来た俳優)2週間の休演を発表。それに連動して、次々と商業劇、大劇場のミュージカルも1~2週間休演するという発表がなされた。

 ちなみに韓国では、先にも記した通り、感染者の動線が細かく公開される。
 一度、ある感染者の動線のリストに大学路の小劇場が入ったことがあり、上演団体が十日間ほどの休業を余儀なくされた。休業の後、何回か上演をしたが、結局中止となった。これは、再開をしても観客が来なかったことによる。

現状、韓国の劇場から感染者が出たことはなく、もちろんクラスター化もしていない。
ネット上では上演を継続している劇団や劇場に対しての批判もあるが、そのことで上演が委縮するほどではないと聞いている(この点は主観が絡むので真偽は不明)。

ここまでが現状の報告である。正直、うらやましいと思ったし、日本にもまねできる部分があるだろうとも考えた。
 ただ、もう一点、なんとなく、それだけではないのではないかという気がしたので、引き続き韓国の知人とのやりとりを続け、以下のような質問を投げかけてみた。

>日本は、最初にライブハウスが感染源になったので、
>劇場などが閉鎖の対象になりました。
>ライブハウスは飲食もできる感染しやすいスペースだったのですが、
>一般の方には区別がつかないので、いまは、
>すべての劇場が閉鎖になりました。
>たとえば、韓国では宗教施設のミサが、
>最初に禁止されたといったことはありましたか?

返答は予想通りのものだった。

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そうですね。韓国は、最初に爆発的に感染者が出たのがある宗教施設でしたので、教会のミサが厳しく禁止されました。
全国のカトリック教会やお寺も、強制はされなかったですが、自ら閉鎖し、今もミサなどは行っていません。
ただ、プロテスタント教会では、教会に信者たちが集まる行為自体が重要視されているそうで、政府ともめています…
ご存じのように、韓国はプロテスタントの教会がとてもとても多いですので、強制するのも大変だそうです。。
そこで、教会側が、多くの劇場や飲食店は普通に営業しているのに、教会だけ閉鎖するのはおかしいと主張したりしました。。
確かに、一般の方には区別がつかないようです…

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 たしかに韓国は、ウイルスの封じ込めに成功しつつあり、また先端的な文化政策も有しているが、社会全体で見ると、業種、業態こそ違え、日本と同じような現象が起きていたのだ。

 新興宗教の集会がクラスターになってしまったのは不幸なことではあったが不可抗力とも言い難かった。韓国の新興宗教の集会は身体的な接触を伴うものが多く、いわゆる三密+1(声を出す)を構成しやすい。カルトがかった団体だったために、信者が出席の情報を出し渋り、さらなる混乱を招いたとも聞いている。
 カトリック教会などは大規模なものが多く、聖餐など飲食を伴う儀式も多いので、これも危険度は高い。
 最大宗派のプロテスタントは、数は多いが、少人数であったり、賛美歌を歌わない、各自が距離をとるといった対策をとれば安全度は増す。

これまでも、本ブログで指摘してきたように、私は、少なくとも二月、三月の時点では、小劇場での上演は行ってもかまわなかったと考えている。また、実際、政府や専門家会議からも、そのような厳密な自粛の要請は出ていなかった。

社会における芸術の役割について

新刊と新型コロナウイルスの件など

 ブログ内の文章との繰り返しになるが、日本の劇場、音楽堂(主にコンサートホールのこと)は、世界でも最も厳しい換気の基準を持っており、感染対策を万全に行い、客席の間隔を開ければ、三蜜は避けられ上演は可能だった。実際にそのようにして、一部では上演が続き、結果としてではあるが、劇場・音楽堂から一人の感染者も出さなかった。

https://note.com/lgm_/n/n4a3e9d501342

ライブハウスの方たちには、本当に大変申し訳ないが、劇場・音楽堂とライブハウスは業態が全く異なり、これをひとくくりにされることにはやはり無理がある。

 もちろん、「いや、人が集まること自体がだめなのだ」という主張は当然あるだろう。しかし、二月から三月中旬までの時点では、「大規模イベントの自粛」「不要不急の外出は避ける」という二点のみが強調されていた。演劇や音楽を、どの程度、不要不急のものと考えるかについては過去のブログに書いたとおりである。

 要するに、接待を伴う飲食業など他の業種に比べて、劇場は相対的に安全だったにもかかわらず、最初にライブハウスがクラスター化したという不幸からの連想、そして政府からのあいまいな自粛要請の結果、私たちは90%以上という高い自粛率で劇場を閉めざるを得なくなった。「勝手に自粛をしたのだろう」という見解もあるだろうが、現実には、いま「自粛警察」などと揶揄される行為が、すでに、2月末の段階から演劇界、音楽界に対しては早々に向けられていたのだ。

 韓国との比較に戻るなら、かの国では、新興宗教の集会が最初にクラスターになったために、そこから派生して比較的安全であるはずの、他の宗教施設までが集会禁止の圧力にさらされた。
 同じように日本では、ライブハウスが感染源となったために、関連するライブエンタテイメント産業すべてが、強い「自粛圧力」にさらされることになった。
誰が悪いわけでもないが、劇場・音楽堂が、大衆の深層心理のスケープゴードとなった。
 この点は社会心理学の方たちなどに、あとからでもいいので、きちんと検証をしてもらいたい。

 冒頭にも記したように、非常事態宣言が出て、外出や移動の制限がかかっているいまとなっては、このような文章を書いても、すぐに何かが変わるわけではないことは重々承知している。また、この問題についても、ネット上では(ほとんどTwitterに限られるが)、汚い言葉が飛び交うだろう。
 しかし、それでも、これを書き記しておかなければならない理由がある。

・今後の、各業界に対する再開時期の決定や補償について考えるときに、上記のことは参考にされるべきだろう。

・このような文章を書くこと自体が、現状の「自粛取り締まり」的な雰囲気に逆行するのだろうが、この程度のことで表現が委縮してしまったのでは、もっと強い表現の自由の抑圧が来た時に耐えられないのではないか。

・本来、ここで書いたような事柄は、演劇ジャーナリズムなどが検証すべきことだと思うが、残念ながら、これまで、こういった視点の記事は読んでいない。演劇ジャーナリズムの脆弱さの問題を記録しておく上でも、いま、これを書き記しておくことには意味があるだろう。

 3月1日に、野田秀樹さんが、「現在、この困難な状況でも懸命に上演を目指している演劇人に対して、『身勝手な芸術家たち』という風評が出回ることを危惧します」という表明を行ったのは、進行する事態に対する直感的な違和感からきていたのだと思う。この時点で、私も同じような違和を抱いた。その違和感についての論理的な説明は行ってきたが、韓国との状況の比較によって、さらに新しい視点を得た。
 そして、この違和感と、現状の過剰な自粛に対する相互監視の状況は通底していると感じる。
 この点では、私たちはまだ、炭鉱のカナリアの役割をかろうじて果たしているのかもしれない。

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