『S高原から』

2014年2月27日

 南相馬や沖縄に足を運びつつ、『S高原から』トリプルキャストで稽古三昧の日々です。
若手公演とは言え、相当、完成度の高い作品に仕上がってきました。私の代表作の九年ぶりの再演です。皆さん、是非、おいで下さい。
 公演期間の前半がお薦めです。

 以下、当日パンフレットに書いた文章です。

 『ソウル市民』が、トーマス・マンの『ブッテンブローグ家の人々』をモチーフにして書かれたように、この『S高原から』は、同じマンの長編小説『魔の山』をモチーフにしています。観客の想像力をテコに、長編小説に流れる悠久の時間を、どうにかして一時間半の舞台の中に閉じこめられないものかということが、初演時の私の最大の関心事だったように思います。
もう一点、『ソウル市民』がジョイスの『ダブリン市民』を強く意識して書かれたように、この『S高原から』には、サイドストーリーとして堀辰雄の『風立ちぬ』が登場します。昨年までは、この『風立ちぬ』という小説は、題名はみんなが知っていても、ほとんど読んだことはないという類のものだったと思います。あるいは、私たちの世代だと松田聖子さんの歌のイメージでしょうか(ちなみに作曲は、昨年末に急逝された大滝詠一さん)。ところが昨年、ジブリが同名のアニメを制作したために、『風立ちぬ』は、一気にメジャーな名前になってしまいました。再演を繰り返す作品では、往々にしてこういったことが起こります。『東京ノート』の主要なモチーフであるフェルメールも、九四年の執筆当時は、いまほどのメジャーな画家ではぁありませんでした。
執筆当時、私は、『風立ちぬ』に描かれた、照れくさいほどに静謐な恋の形を、衒うことなく舞台にのせたいと考えていました。二一世紀に「純愛」というものがあるとしたら、このような形になるだろうというものを書いてみました。

 この『S高原から』は、幸運にも二○○○年代に入ってから各国語に翻訳され、上演されるようになりました。特にフランス人演出家ロアン・グットマンによる仏語版『S高原から』は、ストラスブール国立劇場で上演され、私のフランスでの劇作家としての地位を確立した上演となりました。
また、二○○五年には、五反田団の前田司郎さんの企画で、『ニセS高原から』という連続上演が実現しました。五反田団の他に、三条会、ポツドール、蜻蛉玉が、それぞれの『S高原から』を上演し大きな話題を呼びました。
この前後、青年団版の『S高原から』もヨーロッパツアーを二度行い、六カ国、八都市での上演を行ってきました。

青年団は、四年前を最後に新人募集を停止しました。私の年齢からいっても、もう新しい劇団員を採用して、その俳優の成長に責任を持つことは無理だろうと考えたからです。しかし、入団希望者、あるいは青年団、こまばアゴラ劇場で演劇を学びたいという若い世代の声は強く、昨年から新たに無償の演劇学校「無隣館」を発足しました。劇場が学校を付設するというのは、欧米では当然のことですから、遅きに失したと言えるかもしれません。
 この公演は、何度かの選抜を経て一年間の修養を終えた無隣館メンバーと、青年団の若手(若いとも限りませんが)の合同公演となります。若い俳優たちと、直球勝負の舞台を創りました。「純愛」の劇です。お楽しみいただければ幸いです。