芸術文化観光専門職大学開学にあたって

2021年4月18日

 多くの皆さんのご協力を得て、兵庫県立の芸術文化観光専門職大学が開学いたしました。
 以下、大学のサイトでも見られますが、入学式の式辞です。スピーチの原稿なので、少し読みにくいかもしれませんが。

https://www.at-hyogo.jp/news/2021/04/000124.html

 はえある芸術文化観光専門職大学一期生の皆さん、ご入学おめでとうございます。
 保護者の皆様におかれましては、新設の大学ということで、まだまだご心配のことも多いかと思いますが、教職員が全力で、学生一人ひとりの学びと生活のサポートをしてまいります。
 また本学の開学まで、多大なご尽力、ご支援、ご協力をいただきました井戸兵庫県知事、五百旗頭兵庫県公立大学法人理事長、県議会の皆様、兵庫県立大学の皆様、そして兵庫県のスタッフ、自治体の関係者や、なにより地域住民の皆様に心から感謝申し上げます。ありがとうございました。

 さて、皆さんは、今日から正式に大学生となります。
 高校まで「勉強」「学習」と呼ばれていたものが、今日からは「学問」と呼ばれるようになります。
 ではその「学問」とはなんでしょう。あるいはそれを、大学で学ぶ意義は何でしょう。いろいろな答え方があると思いますが、それは端的に言って、科学的に考え、理性によって行動する習慣を身につけることだと私は考えます。
 東日本大震災、あるいは今般の新型コロナウイルス感染症の問題を通じて、科学への信頼は大きく揺らいでしまいました。テレビには多くの専門家が登場し、様々な意見を述べますが、いったい何を信じていいのか分からない状態がいまも続いています。それどころか、インターネット上にはフェイクニュースがあふれ、それによって社会が混乱することもよく起こります。
 しかしだからこそ科学的に考え、理性によって行動することが望まれます。氾濫する情報に振り回されずに、皆さん一人ひとりがきちんと必要な情報を入手し、それを使いこなし、さらに理性によって行動することが求められています。

 具体的に考えてみましょう。
 いま、この会場にいる新入学生八四名のうち六九名、八二%が女子の学生です。しかし教員における女性の割合は二五%にすぎません。すぐに見て分かるように、こちらの壇上に並んでいるのも来賓の皆さんも大半が男性です。私は学長として、この状況を少しでも改善していきたいと考えています。
こういったジェンダーギャップの壁のことを「ガラスの天井」と呼ぶことは、皆さんご存じかと思います。しかし、そのガラスの天井は、本当に無色透明の透き通ったガラスでしょうか?

 実は、大学を作るのには、厳しい設置基準があります。この大学に全国から集まった教員の皆さんは、文部科学省の厳しい審査をくぐり抜けてきた精鋭の先生方です。
 教員の審査には、研究の業績などの他に教員としての履歴も対象となります。例えば教授になるためには准教授を何年以上やっていなければならないといったことです。
 現在、すべての大学における教員の女性比率は二五%前後です。しかも、新しい大学を作る際には、各分野ごとに、講義内容にふさわしい経歴を持った先生を採用しなければなりません。本学で言えば、マネジメントなど、分野によっては、まだまだ、もともと女性教員の少ないセクションもあります。
 もう皆さんはお分かりになりましたね。
 普通に大学設置の基準を守っていては、どんなに努力しても女性教員はすぐには増えないという結論になってしまうのです。
 これを打破するためには、何か強力な政策や、他の新しい基準が必要になるでしょう。私自身、制度の壁を破れなかったことに対する深い反省を背中に負って、いまここに立っています。
本当に申し訳ないと思います。

 ただ、いま、ここで述べたいことは、ジェンダーギャップの話ではありません。そのことを話すのは、この時間では足りません。
本題に戻ります。
 このように、数字や制度を論理的にたどっていくと、無色透明に見えたガラスの天井にも、いろいろな傷や曇りやひび割れがあることが見つかるのです。それが「科学的に考える」という態度です。
 ここでいう科学とは、もちろん自然科学だけではありません。数字や数式を駆使して、自然界の法則を導き出す自然科学はもちろん重要です。そこで得られた客観的な情報や数値を、歴史や社会制度に照らし合わせて考えていく社会科学、そしてそれをどう人々に伝え共感を得るかを思考する人文学、それら諸科学を統合した科学的な態度を、皆さんには身につけていただきたいのです。

 さて、ここで皆さんは、さらに疑問に思うかもしれません。
 この大学は、観光やアートといった人間の感性について学ぶ大学ではないのかと。
 その通りです。
 しかし皆さんは、その感性と呼ばれるものについて、大学でそれを学ぶという選択をしました。
 人々の感動は、どのようなメカニズムで起こるのか。観光地や劇場に人々を引きつける魅力とは何なのか、それを皆さんは学問として学びます。
 あるいは、人間は、残念ながら、それほど理性的に行動するものではないということも、社会学や歴史学から学ぶことでしょう。
 
 今日取り上げた差別の問題は、決して女性だけの問題ではありません。いまアメリカではアジア系の人々に対する差別的な行為が深刻な問題となっています。男女を問わず、ここにいるすべての学生が、欧米に留学すれば、アジアの一民族として、そのような経験をする可能性が少なからずあります。あるいは、アジアの都市を留学先として選べば、日本の過去の歴史と向き合うことをも経験することでしょう。

差別の問題だけではありません。環境問題や安全保障の問題。世界は混沌とし、その混沌は、今後一層、深刻になっていくでしょう
 皆さんの人生もまた平坦な一本道ではありません。
しかし不条理に直面し、人生に迷ったときこそ科学的な態度を、判断のよりどころとしてほしいのです。
これまでみてきたように、科学は、ガラスの天井に見えなかった傷を見つけます。またそれはときに、ガラスの天井を突き破る強い拳ともなるでしょう。あるいは科学は、むやみに拳を傷つけないための柔らかいグローブとなるかもしれません。あるいは科学は、その傷ついた拳から流れる血を拭うハンカチになってくれるかもしれません。

感性を磨くことは重要です。それはとても重要です。
 しかし、感性だけでは、矛盾に満ちた世界と戦うことはできない。
 皆さんの感性。たとえば皆さんが差別を憎む正しい心が折れそうになるとき、本学で培った理性がかろうじてそれを支えてくれることを願います。芸術を愛する美しい心、世界中からの観光客をもてなしたいと思う優しい気持ちがくじけそうになるとき、本学で学んだ知性がそれをかろうじて救ってくれることを願います。
ご入学おめでとうございます。
 この大学を選んでくれてありがとう。
 そして、この大学を選んでよかったと、ここにいるすべての学生が、四年後に胸を張れる大学を、皆さんとともに創りたいと思います。

令和3年4月5日 

芸術文化観光専門職大学学長 平田オリザ