三浦基氏のモラルハラスメント問題について

2020年2月13日

地点の三浦基氏のモラルハラスメント問題について、劇団およびこまばアゴラ劇場の代表として声明を発表します。

http://www.ei-en.net/freeuni/archive/pdf/chiten_190923.pdf

 ここで告発を行っている「Aさん」は、かつて、私が中心となり青年団とこまばアゴラ劇場が運営してきた演劇私塾・無隣館に在籍していた方で、当該問題の発生以降、私も折りにふれて相談にのってきました。
これまで、被害者が特定しやすくなることから、本人の意向に沿って公表を控えてきましたが、この度本人の要望もあり私の方から声明を発表することになりました。
 また被害者本人は映画美学校の修了生でもあることから、映画美学校の当時の講師陣とも連携をとってきました。その縁で、深田晃司監督を通じて紹介された映演労連フリーユニオンが直接の交渉に当たっています。

パワハラの内容については、一部、音声記録や膨大なメモが残っており、私はおおむね事実である蓋然性が高いと認識しています。
なお、文中に××とあるのは青年団のことで、××演劇学校とあるのは無隣館のことです(文中では劇団と無隣館の関係がごちゃごちゃになっていますが、被害者本人が劇団員として在籍したことはありません)。

 三浦氏自身、かつて私の劇団に所属し、私の演出助手も務めていました。彼を知っている周囲の人間からすれば、今回の案件は、「これくらいのことは言っているだろう」と感じるものでした。周りの人間、京都の演劇の知人たちも、おおむね同様の感想です。蓋然性が高いというのはそういう意味です。セクハラなどは隠蔽される場合も多く、周囲でも気が付かない場合がありますが、今回は、そのような性質のものではなかったと認識しています。裁判などになれば、この点について証言に立つ人間も多くいると聞いています。

 ただ、ハラスメントについては、これを直接罰する法律の整備が今のところ不十分ですので、この点に関しては刑事事件としては問うことは難しく、あくまで労働問題としての扱いとなり、民事の交渉あるいは裁判になることも予想されます。
地点側が「パワハラが争点ではない」と書いているのは、その点を指しているかと思いますが、被害者本人としてはあくまでハラスメントが論点の中心かと思います。この点は対外的な論点のすり替えだと認識しています。

 私や劇団のことを誹謗中傷することは構いません。そんなことは慣れています。
 前述したように、三浦氏が、こういった言動を行って自分を大きく見せようとするタイプの演出家であることも周囲の人間のよく知るところです。
 しかしながら、例えば大学なら、学生のキャリアを全面的に否定する発言(××高校はバカばっかり)は、もっともしてはならないことの一つとして研修の初期段階で教えられることです。
 刑事罰などにあたらなくとも、ハラスメント案件としては十分に成立するものであり、公的機関ならば懲戒の対象となっても致し方ない内容だと私は考えます。

 地点側は今回の告発に関して、「名誉棄損に当たる」として再三、公表を控えるよう、被害者側に圧力をかけてきました。ユニオン側もいったん公開を留保したのは、そのような事情によります。
 しかし、たとえば先般の伊藤詩織さんのレイプ被害をめぐる裁判の判決を見ても、この告発は名誉棄損には当たらないと私たちは考えます。当該裁判では、山口敬之被告が、伊藤氏に対して名誉棄損に当たると反訴をしたわけですが、判決では、山口氏の社会的な地位などを鑑み、「性犯罪被害者を取り巻く法的・社会的状況の改善につながるとして公表した。公益目的で、名誉毀損には当たらない」として反訴は棄却されました。
 三浦氏は本案件を引き起こした時点でも大学の客員教授や非常勤講師、公共ホールが実施する戯曲賞の審査員を務めており十分に公共性の高い職についていました。また今回はロームシアター館長というさらに権力性の強い地位への就任が発表されました。上記の判例から見ても、あるいは再犯の恐れも十分にあることから、今回の告発が名誉棄損に当たらないことは明らかです。

 私自身はこれまで、京都市の文化政策にある程度関与してきました。
 そもそも京都市主催の演劇祭である京都エクスペリメントは、京都の若手演劇人の意向を受けて、私が門川市長に進言をしたことが開催の一つのきっかけとなっています。また、その縁で、第一回から十年間、この催しの顧問(無報酬)も引き受けてきました。
 今回、三浦氏の館長就任にあたっては、京都市側は当然、本ハラスメント案件についてもヒアリングをしていたでしょうし(していないとしたら、その方が問題ですが)、また、上記××とあるのが青年団のことであり、三浦氏の発言が私や劇団を誹謗中傷するものだという認識は(その当否はともかくとして)持っていたはずです。この点、これまで微力ながら京都市の文化行政のお手伝いをしてきた立場として、大変残念に思います。

 もう一点、この問題には、行政に関わる高い地位に就く者の資質という以外に、舞台芸術関係の職種としての特殊性があると私は考えます。
 いま、岸田國士戯曲賞の審査員の選定についてもネット上で問題となっています。
 現状、若手の劇団の作品では、ハラスメントや、それに関わる題材を扱った作品が多くみられます。こうした案件に関する疑義を抱かれている者が、審査員や劇場のプログラム決定者にいた場合に公正な審査、演目選定などの判断が出来るのかどうか。いや、出来たとしても選ばれる側が、そこに公正性が担保されていると感じられるかどうかは大いに疑問を感じます。
 芸術の作業ですから、完全な公平性を確保することは出来ませんが、人選にあたっては最低限の公正性や透明性はあってしかるべきかと考えます。
 すでに、若手演劇人の中にロームシアターの利用を躊躇するような動きも出ていると聞いています。

 さらにもう一点、今回の京都市の決定は、これまで演劇業界に蔓延してきたハラスメントに対して、それと闘っていこうという多くの人々の意志に水を差すものとなってしまいました。その影響力を無視してまで行うべき人事であったのか、京都市側の見解を伺いたいところです。

 最後に、多少、誤解を生みやすい事柄かもしれませんが、本案件についての総括的な私見を書いておきます。
 本案件は、レイプや深刻なセクハラほどには悪質なものではありませんでした。被害者が受けたショックに軽重はありませんが、罪に軽重があるのは現実です。
 今回の案件は、被害者から通告があった時点で三浦氏側が謝罪をし、誠意ある対応をしていれば、ここまで大きな事案に発展することはなかったと思います。私たちも、状況証拠は揃っていることから三浦氏と地点がこのような対応をとるとは思ってもいませんでした。
 前述したように、ハラスメント自体は、たしかに刑事罰に問えるような案件ではありません。民事であってもパワハラの部分は密室で行われたことですから、その証明が難しいかもしれません。しかし状況証拠は揃いすぎるほどに揃っており、パワハラの有無という観点では、言い逃れは難しいと思います。
 これは、まさに伊藤詩織さんの裁判の経緯と相似形をなしています。伊藤さんの裁判では刑事告訴は難しいが、民事では状況証拠から鑑みて伊藤さんの主張は概ね正しいとされました。
 今回の案件も、ハラスメントを裁判の争点とするほどの立証は難しいかもしれないが、社会的な制裁を受ける程度のことを行っていると考えざるを得ないのです。

 公式の質問状を出す動きもあると聞いておりますので、今回は劇団代表として、ここまでの声明の発表にとどめます。
 必要に応じて、さらに意見を述べていきたいと考えています。

 平田オリザ

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