いよいよ明日、江原河畔劇場にて『ソウル市民』が初日を迎えます。
以下、今回の当日パンフレットに書いた文章です。
まだ、お席がありますので、お近くの方、ぜひ、おいでください。
http://www.seinendan.org/play/2022/05/8016
『ソウル市民』は1989年に初演された作品です。当時、私たちは、いまの「現代口語演劇」の骨格となる方法論を発見し、しかしそれがどんな意味を持つのかも分からずにいました。この作品を書くことで、どうにか「あぁ、この方法論は、こういうことを描くのに適しているのだな」と実感を持つことができました。
1909年、日本が朝鮮半島を完全に植民地支配下におく前年のソウル(当時の名前は漢城)で暮らす、平凡な日本人商人一家の、ある一日を描くこと。植民地支配の功罪ではなく(もちろんそれは「罪」ですが)、植民地支配の構造を描くこと。さらに、人が人を支配することの意味と向き合うこと。おぼろげながら、そのようなことを考えて、この作品は創られました。
こまばアゴラ劇場で600人ほどの観客を前に産声を上げた、この小さな作品は、国内外で再演を繰り返し、2006年にはフレデリック・フィスバックの演出(世田谷パブリックシアター制作)でアヴィニヨン演劇祭の正式招待演目として上演、ルモンド紙の一面を飾るなど大きな反響を呼ぶまでに成長しました。またこの年の秋には、アルノー・ムニエの演出による仏語版がシャイヨー国立劇場のシーズンオープニング演目ともなりました。青年団本体も2016年、フェスティバルドートンヌ招待作品としてパリで上演を行っています。
今年、青年団は、本作をポーランドの古都ヴロツワフにあるグロトフスキー研究所で上演します。ロシアのウクライナ侵攻の余波で、まだ予断は許しませんが、実現できれば三年ぶりの海外公演となります。現在、百万人以上の難民を受け入れているポーランドで、この作品を上演することの重みをかみしめて準備を進めています。
かつて、大国に挟まれた韓国は「アジアのポーランド」と呼ばれてきました。一方、ヴロツワフも多くの国々の支配下に置かれた複雑な歴史を持っています。グロトフスキーやカントールを生んだ演劇大国ポーランドで、この作品がどう受け止められるか楽しみにしています。
当初、「江原発、世界へ」という大きな目標を掲げて江原河畔劇場はスタートしました。しかし開業と同時にコロナ禍に見舞われ、私たちはきわめて限定的な活動を強いられてきました。少しずつ失地を回復し、世界と直結する活動をリスタートさせたいと願っています。本公演が、その第一段となります。ぜひ、多くの方に楽しんでいただければと思います。
平田オリザ