父の思い出など

2020年2月18日

 今年の岸田國士戯曲賞が市原佐都子さんと、青年団演出部の谷賢一に決定しました。

 市原さんの作品は城崎国際アートセンター(KIAC)で滞在制作されたものです。
 谷の福島三部作、第一部の初演はこまばアゴラ劇場でした。
 名実ともにKIACやこまばアゴラ劇場は、演劇のナショナルセンター的な役割を果たしていると感じています。
 新設する江原河畔劇場や、2021年4月開学予定の兵庫県立の専門職大学(認可申請中)も、若い演劇人の巣立ちの場として機能するように設備を整えていきたいと考えています。

江原河畔劇場のクラウドファンディングにたくさんのご支援ありがとうございます。
 4000万円が実現すれば、無隣館も復活します。

https://www.makuake.com/project/ebara-riverside/

 私は昨年九月に、晴れて兵庫県民になったわけですが、もともと祖父の代まで平田家は兵庫県赤穂市で薬問屋を営んでいました。また下の日記にもあるように昨年10月に、40年ぶりに赤穂を訪れました。
 その赤穂市で「平田家ゆかりの人々」の展示をしてくださるということで、この正月は祖父や父の遺稿を整理していました。
 父は毎年、年賀状に詩のようなものを書いていたのですが、以下は、アゴラ開業十年後の正月に書かれた文章です。

ふりむけば 遠い地平線に
十年前の アゴラが浮かんでくる
許認可 許認可 許認可の壁
目黒区には民間の劇場がなかった
だから よけいな物を創ってくれたとばかり
これでもか これでもかと いじめられた
興行許可をもらうのに 八ヶ月かかったな
思えば 新劇の先輩たちは
みんな そのくらい 獄につながれたものだ
目黒の文化は サンマと筍どまり
だから 渋谷と下北沢のバイバスとして
駒場アゴラは がんばりとうした
文化砂漠の中に作った水飲み場
それでも はるばる来てくださるお客さま
列島荒野 煉獄の地平線へ
また 十年

1994年1月1日
平田穂生

 いま、私たちは兵庫県、豊岡市の全面的なバックアップで、世界でも類を見ないタイプの民間小劇場を立ち上げようとしています。父の思いを引き継いで、但馬のオアシスとなるような劇場を作りたいと思います。

 支援が難しい方、すでにご支援いただいた方は、情報の拡散だけでもお願いします。
 応援メッセージも次々に届いています。

https://ebara-riverside.com/

私のメッセージ・動画を、Webサイトに掲載しておりますので、ぜひ、ご覧ください。

Twitterも始めました。

 『東京ノート・インターナショナルバージョン』は好評のうちに幕を閉じました。明日からは、日本語のみの『東京ノート』が始まります。

https://togetter.com/li/1465300

売り止めの回も出ているようなので、お早めにご予約ください。

http://www.seinendan.org/play/2020/01/7007

2月22日、23日は、仙台でアンドロイド演劇『さようなら』も上演します。

http://www.seinendan.org/play/2019/12/7059

柳美里さんとのトークも予定しています。

日記の続き

10月
11日 豊岡市三江小学校で授業指導。午後、豊岡総合高校で授業。台風接近のため、演劇博物館での子供向けワークショップ、まさかの全面中止。
12日 家族と過ごす。残っていた仕事をする。写真は、劇団員の子供たちに読み聞かせをする私。

13日 日高のお祭りに参加。夜はご近所の中田家にお邪魔する。
14日 午前の便で東京へ。ミーティング5件。面接も数件。
15日 午前中の便で福岡へ。大牟田市で職員研修。夜、懇親会。
16日 大牟田市羽山台小学校で授業。新大阪へ。

17日 宝塚市安倉北小学校で授業。阪大授業。四十年ぶりに祖父の故郷、赤穂市を訪問。新幹線で東京へ
18日 午前2時の便で仁川へ。早朝、ホテルで仮眠。世宗文化会館で舞台稽古。
19日 『その森の奥』ゲネ、本番。アフタートーク。
20日 ミーティング数件。市場で買い物。終演後、タクシーで空港へ。20時半の仁川発で羽田へ。羽田の近所のホテルに泊まる。

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