『暗愚小傳』善通寺公演

2015年1月23日

 『暗愚小傳』善通寺公演初日があきました。

 今日と明日、あと二日、当日券あります。ぜひ、観に来てください。

http://www.seinendan.org/play/2014/07/3786

 日記の続き

1月17日(土)  JRで尼崎から伊丹へ。伊丹からバスで伊丹空港へ。8時10分新千歳空港行きの飛行機に乗る。当初より条件付き運航だったが、案の定、青森上空あたりで1時間近く待たされ、さらに空港付近で滑走路が空くのを待たされ、さらにボーディングゲートが開くのを待たされて1時間以上遅れて11時半に新千歳空港着。JRで新札幌へ、車内で昼食。新札幌から地下鉄に乗り換えて琴似へ。
 この日は、昼夜と、『隣にいても一人』の札幌バージョンと佐世保バージョン(佐世保バージョンは、昨年見たものとさらに別チーム)を観る。マチネが終わって、いったんホテルにチェックイン、この頃から吹雪きとなり、早くも翌日予定していた伊丹行きの便が欠航というメール。こんなに早く欠航が決まるということは、向こうからの飛行機が降りられなかったのだろう。少し原稿を書いてから、劇場に戻る。
 もともと『隣にいても一人』を書き下ろした帯広演研の方たちや、北海道の高校演劇の方たちなど、懐かしい人々と再会。
 ソアレを観て、アフタートークをやって、それから近所で皆さんと飲み会。さすが北海道だけあって、どれもおいしくボリュームたっぷりでした。
 11時、店を出る頃には、雪は小降りに。
 ホテルに帰って、一応、明日の作戦を立てる。とりあえず飛ぶ予定になっている午後の新千歳-伊丹便と、函館-伊丹便をおさえておく。

1月18日(日) 朝6時に起きて天気を見る。雪はやんでいるようなので、新千歳-伊丹便で行くことに。JRは遅れが出ているようで、列車の中で閉じこめられるのが最悪なので、函館経由はキャンセル。
 8時まで部屋で原稿を書いていて、早めに空港に行こうと外に出ると、いきなり吹雪に。

とりあえず、駅前で朝食。

地下鉄で新札幌に。やはりJRは遅れが出ている。エアポート快速で11時に新千歳空港に。ここまでは、まずまず順調。
 雪が強くなってくる。チェックインを済ませて、早めに昼食。腹が減っていなくても、とにかく食べられるときに食べておく。
 手荷物検査も済ませてラウンジに入ったところで、まず遅延のお知らせ。だったら、ゆっくり食べたのに。

 ラウンジで一時間ほど原稿を書いていると、雪はどんどん強くなってくる。滑走路一本閉鎖の放送。やがてもう一本も閉鎖の放送があって、乗るはずの便の欠航が決定。これが13時。

 この日は、そもそも大阪で仕事があるわけではなくて、『暗愚小傳』の伊丹公演で知り合いもたくさん来るから、飲みにでも行くかなという感じで、伊丹に戻る予定になっていた。アフタートークをやるかどうかも検討されていたのだけど、これは入れなくてよかった。とりあえず伊丹には行かないことを決定。劇団にメール。
 ジタバタしてもしょうがないし、外に出ても窓口は大混雑だろうから、払い戻しは後日にしてネット環境が絶対的に安定しているラウンジで以下のことを行う。

・最悪のケースに備えて札幌駅前に宿を仮予約(昨晩は空港に数百人が泊まったとニュースでやっていた)。
・札幌に泊まった場合、翌日、移動になるので、早朝の羽田経由富山行きの便を予約。
・尼崎のホテルをキャンセル。預けていた荷物は後日取りに行くと伝える。
・悪天候は札幌から東側のようなので、確実に飛ぶであろう夕方の函館-羽田便を予約。
・天候が回復すれば飛ぶであろう夜の新千歳-羽田を予約。

ここまでやって、JRの運航状況の細かいところはネットではよく分からないので、外に出ることにする。地下に降りてJRの改札へ。
 JRの札幌行き、函館行きの便は、普通に動いているという。ただし、函館行き特急は乗り継ぎが悪く、隣の南千歳で1時間半ほど待たなければならない。
SUICAが使えるので、14時、一応、様子を見るために南千歳まで出ることにする。
 南千歳で降りると、なんと五分後に、遅れている特急北斗函館行きが来ると言うではないか。新千歳の駅員情報は嘘だったわけだが、その遅延が幸いして、函館行きにすぐに乗れることになった。また、予想通り、道南は、ダイヤは、さほど乱れていないことを確認。階段を駆け上って、いったん改札を出て、乗車券と特急券を買い直してホームに戻る。やがて特急がやってくる。指定席は満員ということで自由席。大混雑で、1時間ほどは通路に立っていた。
 苫小牧、登別を過ぎたあたりから空いてきて、伊達紋別で座れた。苫小牧は三浦大輔さんの出身地。伊達は藤田貴大さんの出身地。二人の作風は大きく違うように見えるけど、その背景にある寂寥感は、この胆振地方の荒涼とした自然と関係があると私は考えている。
落ち着いたので、札幌のホテルをキャンセル。夜の新千歳-羽田は欠航のメールが届く。判断は正しかった。明日の新千歳-羽田分もキャンセル。車内で少し原稿を書く。車窓から見る天候は、晴れたり、吹雪いたり、日射しはあるのに風が強くて地吹雪のようになったり、目まぐるしく変わる。
17時過ぎ、函館着。空港バスで函館空港へ。
 チェックインを済ませてラーメンで夕食。
19時10分発羽田行きに搭乗。ほぼ定刻の20時40分くらいに羽田着。渋谷経由で帰宅したのは22時くらい。長い一日だった。

1月19日(月) 朝8時に家を出てバスで羽田へ。9時45分の飛行機で富山空港へ。10時45分富山空港着。そのままリムジンバスで高岡へ。出迎えの富山大学の竹山芸術文化学部長と昼食。その後14時から高岡市長を交えて鼎談。16時終了。高岡駅まで送っていただき、JRで富山へ。待ち時間に原稿を書いて、17時過ぎ、時間になったので改札を通ったところで、特急ひだ号が、雪のため事故を起こし運休とのアナウンス。これはいったい、私の旅遂行能力が試されているのか?
 戻ってみどりの窓口で払い戻しと、特急しらさぎで岐阜に出ることにしてチケットを確保。昨日のこともあるので、絶対安全策をとる。
 発車まで時間ができたので白エビ丼で夕食。岐阜のホテルを確保。
 18時13分富山駅発。21時24分岐阜駅着。

1月20日(火) 8時5分岐阜発の特急ひだ号乗車、10時2分高山着。衛紀生さんと合流、打ち合わせ。14時から、岐阜県公文協での講演会。16時終了。

 16時44分高山発のひだ号で名古屋へ。19時03分名古屋着。そのまま新幹線で新大阪へ。さらにJRで尼崎へ。尼崎のホテルで預けてあった荷物をピックアップして、ここで夕食。三宮経由で、宿泊地の新神戸へ。

 今年は雪が多く、先日の但馬空港も含めて、一月だけで三回の欠航、運休にあった。しかし、それにも関わらず一つの仕事に穴を開けず、あまり他人に迷惑をかけなかったのは僥倖と言えるだろう。
この四日間に乗った乗り物は、JR12回(うち新幹線1回、特急4回)、飛行機3回、バス4回、私鉄1回、地下鉄3回、乗り物好きにはたまらない日々でもあった。