新年度にあたって 文化政策をめぐる私の見解

2010年4月01日

朝日新聞大阪本社版3月19日付夕刊の、「劇場法」(仮)に関する記事を元に、多くの誤解と混乱が起こっているようで、たいへん遺憾に感じています。
この機会に、私の文化行政に関する現在の立場と、見解を示しておきたいと思います。

なお、ほぼ同内容のことを、来月発行予定の劇団協議会機関誌「join」でもインタビューに答える形で収録させていただいております。それをお読みいただければ、おおかたの誤解は解けるかと思いますが、一般紙ではないこと、発行までいましばらく時間がかかることなどから、重複する部分も多々ありますが、こちらで見解を述べたいと思います。
 
 

●議論の前提として
-内閣官房参与という立場と、文化予算全体への取り組みについて-

 
まず、私が任ぜられている内閣官房参与という職についてですが、本職は何の権力、権限、決定権も持たず、ただアドバイザーとして様々な政策提言ができるに過ぎません。実際の政策決定は、各種審議会でなされます。私が何かを言って決まるようなものではありません。
 
また本文で詳しく触れますが、現在、私が提言している「劇場法」(仮)を根拠法とした劇場支援のスキームは、決して、劇団への支援を減らすものではありません。私は、劇団への助成をなくして、すべてを劇場へと振り向けるといった主旨の発言をしたことはありません。
 
内閣官房参与の職を任ぜられ、新しい文化政策を立案するにあたって、私が何よりも考えたことは、諸外国に比べて圧倒的に少ないと言われる日本の文化予算を増やしたい、増やすにはどうすればいいか、という点です。また、そうして増えた予算を、きちんと創造現場に流すシステムを構築するために、省庁間にまたがる重複した事業や、現在の文化施設に存在する無用な天下りを廃すことも重要だと考えました。
 
現在、文化庁、他関係省庁と密に連絡を取り合い、平成23年度文化関連予算の倍増を目指して準備を進めています。実際、夏の概算要求では、文化庁予算は2倍増以上の要求額を計上できるのではないかと思います。もちろん、それがそのまま予算として通るわけではありませんが、決して非現実的な数字ではありません。たとえば、成長戦略の中心に位置づけられた観光関連予算は、3倍以上の増額になっています。
 
しかし、予算というものは、要求して増やせば良いというような、単純なものではありません。文化予算の増額が、最終的に国民全体のためになる、国益にかなうということを、国民の皆さんに納得してもらえるような、新しい具体的な施策を考え出さなければなりません。財務省との折衝に耐え、事業仕分けにも耐えうる理論武装と、予算組みを作っていく必要があります。またそのためにも、時代の変化にあった、新しい予算のスキームを考え出さなければなりません。
 

●「劇場法」(仮)と「劇場への支援」について

 
劇団への助成は、事業仕分けの結果などから見ても、今後、大幅に増える可能性は少ないと思います。特に芸術文化振興基金は、今後の事業仕分けの展開次第では、組織自体の大きな見直しを余儀なくされる可能性さえあります。劇団への助成が増えないのは、劇団の運営基盤が脆弱であり、継続性が保証しづらいためです。人材育成、幅広い観客創造など、演劇界の基盤整備にまでは手が回らない団体がほとんどであり、そのため、そこに継続した大きな支援をすることの根拠が見出だしにくくなっています。
また昨今、会計検査の基準が厳しくなり、民間の劇団が多額の助成を受けることが、より厳しくなる状況が続いてきました。
繰り返しますが、だから劇団への支援が不要だと言っているわけではありません。しかし、これ以上、大きく伸びる余地は少ないのではないかと私は考えています。
 
その点、劇場を通じて、劇団や個人へと助成をする制度の方が合理的で健全であるということは、拙著『芸術立国論』以来、私の変わらない主張です。現在議論になっている、「劇場法」(仮)の制定に向けての動きは、劇場に対する新しい支援のスキーム作りにとって、追い風になることは間違いありません。
ただし、ここで注意しなければならないのは、「劇場法」(仮)と「劇場への支援」は、基本的には別の枠組みだということです。そこを混同しないように注意して議論を進める必要があります。
 
ここからは私見になりますが、文化予算全体を増やすためには、劇団への現在の助成金額は、とにかく最低限、現状維持として守りながら、加えて、劇場への助成を増やしていくということが予算獲得の大きな道筋だと考えています。
また、同時に大事なことは、一部の公共ホールに見られる目に余る天下りや、3年ごとにコロコロと変わる行政からの出向役員をできる限り廃し、芸術監督と専属プロデューサーによる責任あるプログラム制度を作っていくことが、公共ホールを市民の創造現場とするための、唯一の道だと考えます。
 
繰り返しになりますが、劇団関係者にご理解いただきたいのは、一部報道されているように、「劇団への助成を減らして、劇場への助成を増やす」といったパイの取り合いを目指しているのではないという点です。ただし、全体で見れば、演劇制作の主体は、すでに劇団から劇場に移りつつあり、この流れは世界の演劇の潮流からいっても、間違った方向ではないと思います。このことについての私の発言が、誤解を呼ぶ元になっているとすれば、説明不足をお詫びするしかありません。
 
「劇場法」(仮)制定以後は、多くの劇場が、劇団との共同制作、レジデントカンパニー制度などを通じて、劇団への制作委託を行う形となることでしょう。ですから、劇場への支援が増えるからといって、劇団へのメリットが減ることにはなりません。現に、こまばアゴラ劇場は、劇場として既に支援を受けていますが、貸し館制度をやめ、若手劇団への支援を行うことにより、多くの才能がここから巣立っていったことは皆さんご存じの通りです。
 
また、「劇場法」(仮)制定への動きが、政治の芸術への介入だとする見方もあるようですが、これはむしろ逆だと思います。現在、天下りや行政からの出向の役人たちに独占されている劇場運営の主体を、芸術家とプロデューサーに取り戻すのが、「劇場法」(仮)の大きな目的です。また「劇場法」(仮)は、公共ホールが対象であり、民間劇場の活動を縛るものではありません。なおかつ、先に書いたように、「劇場法」(仮)と劇場支援はあくまで別の枠組みですから、民間劇場も、「劇場支援」の対象から外れるものではありません。この点も、整理して考えていただきたいと思います。
 

●劇場階層化私案

 
次に、劇場支援の具体的な施策についての、私の私案をご説明したいと思います。
 
劇場支援に関しては、日本全国に2千数百あるといわれる公共ホールのうち、「創造拠点」を定めることになると思われます。芸団協(日本芸能実演家団体協議会)は、創造型と鑑賞型を併せて5年をかけて200の拠点と言っています。すぐに200は無理かもしれませんし、中間的な役割の劇場も必要かと思われるので、私は、10年をかけて最終的に、
 
・100から200の創造拠点、すなわち作品を「創る劇場」
・地域性(離島など)も考慮し、「創る劇場」と連携して創作作品などの鑑賞を促進する「観る劇場」
・その他の2,000あまりの公共ホールは、地域に密着した文化・交流施設と位置づける
 
といった内容を提案してきました。ここで言う「作品」とは、演劇だけではなく、ダンス、音楽、メディアアートなども含みます。ですから、ここで言う劇場も、演劇ホール、音楽堂、その複合施設を含むものとなります。また、このカテゴリーは、固定したものではなくJリーグの、J1、J2のように、各館の努力によって入れ替えもあり得ると考えています。
200の「創る劇場」には、国家から潤沢な資金を支援し、公共財となる作品づくり=創造活動に重きをおくと同時に、県立劇場、音楽堂などには、県下の市町村の施設のアウトリーチの支援も行うように責務を課します。
私の希望としては、各館に5,000万円から5億円(平均1億円、総額200億円)程度の支援を行うことができれば、日本の舞台芸術環境を劇的に変えることができると考えています。さらに、支援のシステムも、間接経費を認め、また助成金の先払いなども実現していきたいと思います。
 
また、各劇場が、現在のアゴラ劇場支援会員制度のような「会員制度」を整備し、顧客を確保していけば、お互いの劇場で創った作品を買い取り合って、作品を回していくことができます。初演時に好評なら、翌年度から買い取りが入り、すぐにツアーを組むことができます。「観る劇場」を含めて考えれば、結果として、初期投資を長いスパンで回収する可能性が生まれます。現状は、初演の数週間の公演のみで、資金をすべて回収する必要があるので、目先の人気取りのキャスティングが起こりがちです。劇場間で作品を買い支え合うシステムが徐々に形成されれば、地域でじっくりと質の高い作品を創る気風も醸成されていくでしょう。
 

●劇団、アーティストへの支援制度と、コミュニケーション教育

 
以上、劇場への支援についてご説明しましたが、もちろん、日本の、群雄割拠する劇団制度の良さもあります。この活力を生かすことも、こまばアゴラ劇場が長年、提言してきた点です。そこで、現在行なわれている「劇団」への支援制度も、以下のように階層化することを提案しています。
 
まず、前述したように、現行の劇団への助成金のシステムは、少なくとも現状維持として守らねばなりません。全体のパイ(文化予算全体)が増えれば、このことは十分に可能です。また、事務諸経費、恒常的な稽古場代などを間接経費として認めるといった手法で、現行の「赤字助成」の制度を、少しずつでも改善していきたいと考えています。
さらに多くの劇団が、前述のように、劇場との共同制作、レジデントカンパニーといった発展形態をとっていくことになるでしょう。とすれば、それらの劇団がこれまで得ていた「劇団助成」金は、劇場との共同制作などを選ばない劇団に分配されることになり、実質的なパイが、むしろ増えるということになります。
 
また、若手に対する助成は、セゾン文化財団が行っているように35歳以下、設立10年以内といった制限を設け、いまのような作品単位の赤字助成から、個人単位の奨学金的なものに変えていくべきだと考えています。たとえば、年間に200万ほど、多くの若手演劇人に向けて支援を行い、極端に言えば、単一年度に一つも作品を創らなくても、一定期間、助成が続くような大胆な人材育成システムを作りたいと思います。
 
また地方の公共ホールが、上述の「劇場支援」に基づいて作品制作に乗り出した場合、その地域の小さな劇団はどうなるのかという声も多く聞きます。
当然、地方の拠点劇場でも、全国レベル、国際レベルの作品を創ることになりますから、キャスティングなどは地元優先とはなりません。芸術監督や演出家も、首都圏や関西圏、あるいは海外から来る場合も多くなるでしょう。しかし一方で、東京に出て行かなくても、対等にオーディションを受けるチャンスが広がれば、長期的に見れば、地域に残って演劇活動を続ける若い才能が増えていくはずです。
 
また、セミプロレベルで活動を続けたい劇団が活用できる新しい枠組みとして、「演劇、ダンスなどによるコミュニケーション教育制度」を、すでに実現しました。これは、アーティストが学校に行って、演劇などを使った様々な授業を展開することで、日当35,000円が支給されるというものです。週に1、2回、この事業に参加すれば、アルバイトをしなくても十分に食べていける収入が確保でき、演劇活動に専念することもできます。
 
この制度は、既に平成22年度に、演劇による試行ということで2億円の予算がつきました。鈴木寛文科副大臣は最終的に200億円規模の事業を目指したいと考えています。
 
http://suzukan.net/manifesto_1_5.html
 
私は、再来年度以降は、美術、音楽、メディアアートなどにも、この枠組みを広げていきたいと考えています。
このコミュニケーション教育の拠点も、官民問わず、劇場、音楽ホール、美術館、地域のNPO、劇団などが担うことになります。
私は、このスキームを拡充すれば、地域に5,000人の実演家の雇用が確保されると考えています。鈴木副大臣が考える200億円が仮に実現すれば、それを5,000人で割ると、400万円、アーティストがアルバイトをしなくても十分に食べていける収入といえます。この数字は、現存する天下りを廃し、アーティストや制作者に直接お金がわたるシステムを構築すれば、十分現実的なものだと思います。
 
前述の「劇場支援」においても同様に、不要な天下り、役所からの出向等を廃し、地域で5,000人の雇用を確保したい。併せて10,000人の舞台芸術関係者の雇用を確保したいというのが、私の願いです。
 
並行して、「新しい公共のための円卓会議」で、寄付税制などについて協議を進めています。税額控除、NPOなどの公益認定条件を劇的に緩和するなどの改革が進めば、アート系NPOは、圧倒的な恩恵を受けることになるでしょう。
紀伊國屋ホール、本多劇場といった民間劇場に関しても、芸術施設の固定資産税の減免措置などを、ぜひ進めたいと考えています。これが実現すれば、結果的に劇場費の値下げなどが起こり、劇団にもとっても少なからぬ負担減となります。
 

●助成金の選定、評価について

 
さて、こうした多額の助成金が、舞台芸術の世界に流れ込んでくる場合、その選定、評価は誰が行うのかという点が問題になります。
文化庁のこれまでの政策の最大の問題点は、助成金の審査を少数の審査員に委託し、その基準を明確にせず、事後の検証も充分に行っていない点にあります。これは審査員が悪いのではなく、明らかにシステムの問題です。
継続した審査と評価のために、私は従来から、日本版アーツカウンシルの設立を要請してきました。アーツカウンシルで重要なのは、評価の基礎となる情報を収集する事務組織です。
私は、(財)地域創造、独立行政法人日本文化振興会、独立行政法人国際交流基金をそれぞれ改組し、調査研究機能を高度化して、機能別のアーツカウンシルを作ることが現実的ではないかと考えています。ここでも、天下りを1人排除すれば、5人のポスドクの研究者や、批評家、制作者のタマゴたちを、年限付きで雇用することができます。
30名ほどの若い専門家集団を作り、彼ら、彼女らに、深夜バスで全国の舞台芸術をつぶさに見て回らせる。ディスカウントチケットの飛行機と夜行列車で、世界中のフェスティバルを調査させる。その成果を報告書として評議委員会にあげて、助成金の配分や事後評価を行う恒常的なシステムを構築しなければなりません。
またこのアーツカウンシルは、将来の文化担当行政官の育成の土壌ともなるでしょう。
 
上記の問題以外にも、たとえば新国立劇場のあり方は、沖縄の国立劇場おきなわの振興策、その他の大規模フェスティバルなどの支援と併せて、総合的に考えていく必要があります。まだまだ、課題となる政策はありますが、きりがないので、今回はこのくらいにしておきます。ここまで長文を読んでいただき、ありがとうございました。
 
* * * *
 
さて、ここで、改めて、冒頭に書いた「前提」を、再度書き方を変えて確認しておきたいと思います。
 
まず、報道されている「劇場法」(仮)、「新しい劇場支援のあり方」は、私の上記のような文化行政改革の構想の一部に過ぎません。その一部だけを取り出して、賛否を問われること自体を、たいへん遺憾に思います。ぜひ、総合的な施策の一つとして「劇場法」(仮)があるのだという点をご理解いただきたい。
もう一点、ここに書き記した事柄は、何一つ決まったことではありません。私の構想と言うよりは、理想です。この理想を、私は『芸術立国論』のあとがきでは、「妄想」と書きました。『芸術立国論』の刊行から9年、私は地道に、与野党の政治家や行政官と勉強を重ね、いくつかの偶然が重なり、文化行政担当の内閣官房参与という職に就きました。この職は、何の権力も、何の決定権も持ちませんが、政府の中枢にあって、様々な政策を提言できるポジションにあります。実際の政策は、文化審議会や、これから立ち上げられるいくつかの専門部会などで詰められていきます。しかし、その中で、私の「妄想」は、少しだけ現実味を帯びて、その2割か3割でも、実現できる可能性が出てきました。私はその可能性に賭けたいと思います。
 
「そんなことはできるはずがない」「現状から離れすぎている」「○○より、××の方が先だ」「なにも欧米を真似ることはない」「やっても変わらない」「うちの地域では絶対に無理」・・・改革を疑う理由はいくらでも見つけられるでしょう。しかし、今日と違う明日を想像できないのならば、私たちは何のために芸術に携わっているのか。
内閣官房参与を引き受けた時点で、少なくとも任期中は、斜に構えたり、厭世的になったりということはやめようと、私は覚悟を決めました。ご批判は甘んじて受けます。内容はいいが、とにかく平田は信じられないと言うなら、それは私の不徳の致すところです。私はアートマネジメントの専門家でもありませんので、この構想には、多々、不具合の点もあるかと思います。
しかし、願わくは、できる限り建設的な提言をいただいて、より密度の高い政策にしていければと思います。今後も各地で、直接の説明の機会も作っていく予定ですので。
ぜひ、多くの方の意見を取り入れ、さらに強い政策立案をしていきたいと考えます。
文化予算、2000億、3000億という状況は、日本の芸術家が経験をしたことのない環境です。もしもこれだけの公的な資金が流れ込んできたときに、国民の視線に耐えうるようにこれを公正に分配し、未来への投資とすることは、気の遠くなるような作業です。小さなパイの切り取りを議論するよりも、未来のスキームをいまから、きちんと検討していきたい。
これは劇団のサイトですから、演劇を中心に話を進めましたが、私が関わっているのは、文化行政全般であり、業界への利益誘導をしているわけではありません。例えば美術においても、「美術展に関する国家補償制度」など、様々な取り組みに関して努力をしてきました。芸術、文化関連のすべての予算、スキームを見直す千載一遇のチャンスを、ぜひ皆さんで有効に生かしていただきたいと思います。
 
そして最後に、さらに一点お願いしたいのは、この議論は、小さなパイの取り合いの話ではなく、あくまで予算を増やし、芸術家の権利を守っていく話なのだとご理解いただけたならば、それを大らかに議論していきたいと思います。私たちは、ダムや道路の話をしているわけではありません。芸術の話をしているのです。だとすれば、常にユーモアとペーソスと希望を持って、未来の話をしていきたいと願います。
ご意見をお待ちしております。

青年団主宰 平田オリザ